2018年3月11日日曜日

禅禅禅施

先日の土日、西脇若手デザイナー育成の研修として

京都は臨済宗総本山である妙心寺に入山してきました。


「何のために??」

「聞くな!まず、実践せよ!」それが禅の教えなのである。


 それ以前に、何の内容も知らなかった僕は、


観光さながら余裕のダブルピースで迎えるのである。。。

(551の中には神の粉、いや仏の粉、いやプロテインを携えて)


入山式の後、すぐに座禅が始まる。


日常的に瞑想を取り入れているので、余裕だろと思っていた、、、、、けど、


結果、しんどかった〜!


20分ぐらい?の座禅を少しの休憩を入れて2セット、


慣れない環境での座禅、

1セット目で足は痺れて麻痺して、2セット目は痛みが襲ってくる。

そのせいで、全く時間が進まない。

やらなきゃわからないっす!、2セットはしんどいっ!!!




その後、すぐに食事に移る。

ややこしい作法があるので、それに従ってのご飯。

修行中は、私語を慎むことと、もちろん笑ってはいけない。

ご飯中も然りで、喋ってはいけない。音を立てずに黙々食べるのみ。

期待していなかった薬石(夕食)。

案の定だ、ご飯とがんもと味噌汁とたくわん、、、、、以上。。。



ご飯は、合掌している間よそってもらえるシステムで、

合掌を切る動作をすれば、ストップの合図となる。


 僕の番、

 当然山盛りよそってもらうため合掌を切る気なんてさらさらない。


お坊さんがこっちをチラチラ見ながら、少しずつよそっていくんですが、

僕だけが不動の合掌。


チラチラが激しくなる。


 隣で、おそらく今回一番煩悩を抱えているだろうFさんが吹き出してしまう。

「笑わないで!」お坊さんの喝が入る笑。

それを合図に、周辺の肩がガクガク笑。


笑わせるのに、言葉なんていらないんだ。(別にそんな気なかったけど、、、)


結局、「次もありますから!」と言われて、合掌切らずにご飯渡されたし。


仕方ないので、ご飯だけを食べ続けた。
 
2杯目が巡ってきた。

僕は度肝抜いてやろうと思って、ご飯タワーになるまで切る気はないと意気込む。

幸か不幸か順番が一番最後で、

ちょい盛りラインでご飯がなくなった、、、。

みんな肩が笑っていた。

お坊さんはこっちを見ることもなく「ほらっ!」みたいな感じで渡してきた。

結局、一回も合掌切らず、、、。



あれ、何の話をしてるんだ。

ええ、禅の修行に来てます。

でもこういう些細なことでの笑いが人生を豊かにするものなのだと思う。



話は戻ります。

ご飯の後は、再度坐禅。場所移して石床の冷える場所へ。

 (ちなみに、来てからずっと素足生活)

同じく2セット。

その後、お風呂入って、9時半に就寝。健全だ!


次の日は、5時半起床。十分寝れた。

坐禅からスタート。朝の冷え切ったお堂にて。

その後、もちろん期待しない粥座(朝食) 。

お粥に、ひじきに梅干しにたくわん。。。

お粥だから、いっぱい食べようと思っても、限度がある。(チキショー!)

それでも、お椀スレスレまで切らなかったら、

ツラのとこまでお湯を足されて渡された笑。

ほぼお湯。

梅干しウメェ〜。。。


その後、作務(掃除)があり、

副住職である松山氏の法話があった。

印象的な言葉は、

「20代30代に単純労働を集中してやっている人は面白い人生歩んでる。」である。


とってもよくわかる。

クリエイティブなことも、結果を残すことも、一番になることも、

習慣化したことの積み重ねの先にある。

日々、決めたことを淡々とこなしていく、これは単純労働に他ならないだろう。

だからこそ、分かっている人は、一つも疎かにすることなんてない。

禅もここを教えているし、

同じく妙心寺を訪れたジョブスが同じ服を着るのもこういう意味が?

 なんてことを考える時間となった。ありがとうございました。


 
さあ、あっという間の禅体験も残りわずか。

写経をして下山。

名残惜しさは全くない!清々しい?


GRAPH京都さんにてデザイナーの串野真也さんと対話。

(今回希望で禅体験から参加されてました)

僕は何も知らずに参加してたものだから、

なんだか怪しい人いるなーと思ってました。(デトックスします笑)



串野さんは、クラフト(技術)にサイエンス(数字)それにアート(価値)

のバランスが今必要なんだということを説いてらした。


どの業界でも市場は飽和状態で、誰でもほしいもが手に入る時代。

その中で他者との差別化をしていくためには、

無駄なものに価値を見出すアート精神が必要なんだ、という。

(確かこんな感じ、あくまで僕が感じた内容ですが)


ファッションにおいて、

アートが生み出されるのは、最前繊である工場であって、作り手(職人)だ!!

って思っている。
 
 職人は思考が止まってしまっている印象があるといった対話があった。


確かに、先へのアクションを起こしてこなかったから、低迷しているわけだが、

 工場をのぞいてみれば、随所に思考の跡が残っていることも事実である。


ジミーな少しずつの改善が、新しいモノづくりへと繋がっていく。


 アートが必要な時代、


それができる場所、人が減少している昨今、


 だからこそ、作り手にならなければならないと思ってOKDへ入屋したわけです。

本来の禅入山みたく、3日門の前で頭は下げてませんけど笑。



串野さん、人生迷ったことありません!ってキッパリおっしゃっていて、

その一言でグッと引き込まれました。(同じなので)

いい意味で怪しくて、興味深いお話!ありがとうございました!




 
 一泊二日の禅体験、

何か思ったかと言われれば、何も思ってない。正直、何も変わりはしない。

四国遍路でさえ、何も思ってないのに笑。(いい意味で)


唯一思ったのは、



 やっぱ肉ってうまい!

ってことぐらいです。。。

(下山後のダブルピース、何か違う??)


一番好きな言葉は、「無功徳」。禅用語である。


期待しないこと、求めないこと。


言葉に意味はない。実践せよ!

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